(な)鳴かず飛ばず

ゴンチ

2009年01月28日 22:04

「走攻守そろった四番候補で入団したが,もう三年鳴かず飛ばずでトレード話まで持ち上がっている。」

三年飛ばず鳴かず(とばずなかず):将来,大いに活躍しようとしてじっと機会を待っているさまをいう。また,何もしないで過ごすことも言う。出典史記,類義:鳴かず飛ばず。
(新明解故事ことわざ辞典)

傍から見ていても,機会を待っているのか,無為に過ごしているのか,の見分けはつきにくい。現在は後者の意味で使われるのがほとんどであろう。

当ブログでも取り上げた斉桓公,晋文公に続く春秋の覇者,楚(そ)の荘王(そうおう)(在位前614年-591年)にまつわる故事である。この故事は当然前者の意味である。(後者であれば逸話になる前にまず命がつながらない)

荘王は即位後3年の間,政治を顧みず,酒宴に明け暮れ,『余を諫める者には死を与える』と命令していた。
伍舉が諫めようとしたときにも王は左に鄭姬,右に越女を抱いて,音楽に耽っていた。
伍舉は「謎かけ」で王に問いかけた。
「ある鳥が3年の間,全く飛ばず,全く鳴きませんでした。この鳥の名は何と言うのでしょうか?」
荘王は
「その鳥は一旦飛び立てば天まで届き,一旦鳴けば人を驚かせるだろう。お前の言わんとする事は解っている。下がれ。」
と言った。さらに数か月淫蕩は激しくなっていった。
堪りかねて蘇従が諫めた。
「(諫める者には死を与える)との命令を聞かなかったのか?」
と王が言うと
「我が身を殺して,君を明君にすることが臣(わたし)の願いです」
と蘇従は答えた。これを聞いて王は淫樂をやめ,政治に取り組み,数百人の佞臣を罰し,数百人の忠臣を登用し,伍舉と蘇從に政治を任せたので,国中の人々はよろこんだ。(史記)

荘王は3年間、愚かな振りをする事で家臣の人物を見定めていた。(とは書かれていないが)
ここからじっと機会を待つ意味の故事成語となった。
同様の話が戦国田斉の威王(在位前379年-343年)にもある。こちらはさらに長く9年の雌伏だったという。

織田信長の「おおたわけ」,大石内蔵助の「昼行灯(あんどん)」
大きな志を持つ者はどこでも最初は鳴かず飛ばずである。
だから,日本国の新しい指導者をわずか4ヶ月でなじるのは早計かも知れぬ。
それより,それを諫めるべき忠臣の少ないことを哀しむ。
彼らはよく飛び回り,よく鳴くが,命を賭して主を諫めようとはしない。
「けんけん」とかまびすしい鳥は決して高くは翔べず,狐の餌になるだけである。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

【莊王即位三年,不出號令,日夜為樂,令國中曰:“有敢諫者死無赦!”伍舉入諫。莊王左抱鄭姬,右抱越女,坐鐘鼓之閒。伍舉曰:“願有進隱。”曰:“有鳥在於阜,三年不蜚不鳴,是何鳥也?”莊王曰:“三年不蜚,蜚將沖天;三年不鳴,鳴將驚人。舉退矣,吾知之矣。”居數月,淫益甚。大夫蘇從乃入諫。王曰:“若不聞令乎?”對曰:“殺身以明君,臣之願也。”於是乃罷淫樂,聽政,所誅者數百人,所進者數百人,任伍舉、蘇從以政,國人大說。是歲滅庸。六年,伐宋,獲五百乘。】史記楚世家







関連記事