(ま)満を持す
「いまさら『俺は反対だった』なんて,民営化は満を持した政策転換じゃなかったのかい」
満を持す(まんをじす):
準備を十分に整えて,好機の到来を待つこと。弓を引きしぼったまま矢を放たず,発する機会を待つという意から。
『漢軍の矢はなくなりそうになった。李広(りこう)は兵士たちに,弓を十分に引きしぼったまま待機させた』史記
(新明解故事ことわざ辞典)
「満を持す(=持満)」が弓の形容に用いられる例は,史記,前漢記,漢書にたびたび見られる。しかし,それ以前の書物での「持満」は弓に使われることはなく,すべて機会を待つことの意味である。弓の形容は漢代以降の所産であろう。満月のように弓を引き絞ってという理解はいかにも創作的である。
漢以前の「持満」の例をひくと
史記楚世家では,楚(そ)の昭陽(しょうよう)が魏(ぎ)を攻めて勝利し,続いて斉をうかがったとき,斉の陳軫(ちんしん)は昭陽を「蛇足」の例を引いて説得する。「君はすでに戦功を立てた。いま斉を攻めて失敗すると,せっかくの功が無駄になり,罪にも問われる。ここは斉に恩を売り,兵を引くのが
持満の術である。」
遡って管子には,「
満を持すものは天とともにあり,危に安らぐものは人とともにある」と言っている。「じっと機を待つ者は天の助けを得て,危機にも動じない者は人の助けを得る」である。故事成語の資格十分な名言である。
さらに淮南子には,「殷を倒した周の武王は大規模な宮殿の造営を行おうとした。これに対して周公は,『いままで蓄積してきた徳を失い,乱暴な事をすれば天下に見捨てられる。』と諫めた。これが周が三十六世続くことのできた周公の
持満である」としている。
このように「持満」は長い時間の概念であり,また「徳」や「天」などの人為を超えた関係性をもつ。
弓を引き絞って待つことには全く似つかわしくない。
さて,百年に一度の経済危機への対応は「満を持した図星」の政策でなければならないが,実情は「矢継ぎ早で,数打てば当たる」の様相である。矢には限りがあり,すでに尽きかけているのだが。
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