2009年01月12日

(ほ)本末顚倒

【夫明王治國之政,使其商工游食之民少而名卑,以寡舎本務而趨末作者。】出典:韓非子(五蠹)

夫(そ)れ明王の治國の政は,其の商工游食の民をして少くして名(な)卑しからめ,以て本務を舎(す)てて末作に趨(はし)る者を寡(すくな)くす。

そもそも明君の国の治め方では,商人や工芸家など労働をせずに暮らす者をなるべく少数にし,かつ地位や名誉の低いものに扱い,そうやって人民の本務(耕作と戦闘)を捨てて末葉(商工)に走るものを減らすのである。
(参考:新釈漢文大系第12巻韓非子(下),明治書院)

韓非子は続けて,『ところが今の世では君主の近臣に取り持ってもらうことができるから,官爵を買うことができる。それができるから商人も工芸家も地位が卑しくない。無用の贅沢品や装飾物が市場でよく売れるからそれを扱う商人(や作る工芸家)は減りはしない。かれらの収入は農民のそれに数倍するから,農民や兵士を貴ばないのである。だから律儀な働き手が減って,商売人が増えるのである。』

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商工業が労働をしないとはひどい言いがかりであるが,韓非子は農業と国防が根本,商工業が末葉として,国家の産業を樹木としてとらえているようだ。
枝葉が繁るのとは逆に根がだんだん痩せ細り最後は全体が倒れてしまうという恐ろしい予言である。

産業の現状を調べてみた。(下表)
平成19年度の国内総生産は515.8兆円で,そのうち農林水産業で7.4兆円(1.4%),卸売小売業は68.8兆円(13.3%),鉱・製造業は108.7兆円(21.2%),それ以外は韓非子の時代には,国家の事業として,あるいは民の労役として為されていたものばかりである。
農業の衰退には韓非子の嘆きが聞こえるようである。もし,食糧自給率を40%から80%に上げれば,今の倍の新しく248万人分の仕事が生まれる勘定である。

消費減速と自国通貨高によって,製造業が未曾有の危機となり,大規模な雇用調整もやむなしという風潮である。これも調べてみた。
産業関連表(内閣府統計局平成17年版)の中から”機械・電気・電子・情報・通信”の名のつくものを挙げてみると輸出は44.1兆円,輸入は21.3兆円差し引き22.8兆円の出超である。議論を簡単にするためこれをすべて失うと仮定すると製造業の生産は21.0%落ち込み244万人の雇用が失われることになる。

前述の農業であれば全員を吸収できる勘定であるが,もしそれを行わないとして他の産業での吸収を考えてみる。
下表にもどって,製造業の就業者1人当たりの生産額は情報通信業の2.1倍,サービス業の1.8倍,卸売・小売業の1.6倍,運輸業の1.3倍あるから,製造業が21%生産低下したとしても,これらの産業に移動するメリットはない。もし行えば国全体として生産性が低下する。

鉱業はあと2~3万人の吸収は可能であるが規模が小さい。公務は生産性からみれば十分吸収可能であるが,元が税金だから解決にはつながらない。緊急対応に限定すべきである。金融・保険には十分余力がある。エネルギーはあと100万人増やしても大丈夫である。不動産はなぜこれほど良好なのかわからないのでもう少し調べてから判断する。

販売・サービスへの移動はまさに本末転倒で,問題を複雑にし,回復を長引かせるだけである。製造業内で2割程度のワークシェアリングで耐えらるかどうかは検討の価値がある。100年に1度の危機であれば,緊急性を質にせず重要度の高いものから,百年の計を立てて臨むべきである。

(ほ)本末顚倒


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