2009年02月14日
(き)杞憂(きゆう),牛耳(ぎゅうじ)る,疑心暗鬼を生ず
「杞憂かも知れないが,官僚に牛耳られている組織を本当に改革できるのか,疑心暗鬼になっているんだ。」
杞憂(きゆう):
無用の心配をすること。取り越し苦労。杞=現在の江南省にあった小国の名。
『周(しゅう)の時代,杞の国に,天が落ち地が崩れて身の置き場がなくなるのではないかと心配し,夜も寝られず,食事もろくに食べられない者がいた』列子
牛耳を執る(ぎゅうじをとる):
団体や党派などの中心人物となって,思うままに支配することのたとえ。
『春秋戦国時代に諸侯が集まって同盟を結ぶ儀式を行う際,中心的人物の盟主がいけにえとした牛の耳を裂き,皆が順番にその血をすすり合って結束を誓い合ったという故事による。「牛耳る」ということばも,ここから出た』春秋左氏伝
疑心暗鬼を生ず(ぎしんあんきをしょうず):
心に疑いがあると,何でもないことまで恐ろしく思えたり,疑わしく思えたりすること。疑いの心があると,暗闇の中にいるはずもない鬼の姿が見えたりするという意から。出典列子
(3語とも新明解故事ことわざ辞典)
牛耳と疑心暗鬼は実感として理解できたが,杞憂は釈然としないので話の続きを調べてみた。出典は列子天瑞である。
天地の崩落を心配した人とある物知りの人の会話である。
『「天は気(空気や水蒸気)がずっと積み上がったもので,気が無い処は無い(充満している)から落ちることはない。」
「じゃあなぜ,太陽や月や星は落ちてこないんだい?」
「太陽や月や星は気が光っているだけだから,もし落ちてきても怪我することはない。」
「じゃあ,なぜ地は崩れないんだい?」
「地は土くれがずっと詰まっていて,隅々まで土くれの無い処が無いから,崩れる心配はない。」
それを聞いて心配性の人は大笑いし,物知りの人も大笑いした。』
「限りなく充満している」ことは心配性の人にとっては十分安心できることだったらしい。
列子はさらに続ける。
『天地が壊れるという者も壊れないという者も誤っている。
私には壊れるか壊れないかはわからない。
けれども,どちらにも理はある。
生きているうちは死ねことを知らないし,死んでしまえば生きているものを知らない。
未来は過去を知らないし,過去は未来を知らない。
だから,壊れるとか壊れないとかまじめに考えることはできない。』
列子は,知ること,考えることの限界を言っている。
また,時間的な制約の中で結論を得ることの難しさを指摘している。
現代では大気圏の大きさも,地球の大きさもすでにわかっている。
そして,地球規模の崩壊は現実のものになり,杞憂は杞憂でなくなっている。
さて,冒頭の文にもどろう。
国民の代表である国会が公務員の人事を掌握することについて,官僚の抵抗が大きい。
公務員は労働三権(団結権,団体交渉権,争議権)が制限されていることを理由に挙げている。
渡りなれた官僚らしい,理路整然とした法に基づく問題提起である。
しかし,そもそも倒産の心配のない人間に労働三権が要るのか?という問題意識はないらしい。
内閣府の資料(2008年1月28日)によれば,
国家公務員の人数は33万人,人件費は5.4兆円だそうである。
郵政民営化等によって人員はピーク時の38%に減少したが,費用は53%である。
安月給で頑張っている人が減ったのだ。
依然として,人間は国の隅々まで詰まっているようであるが,そのうち公僕はどれほどいるのだろうか。
人事の手始めは個人の目標設定と達成度による考課から始めてもらいたい。
そして,その達成率を国民に示してもらいたい。
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『杞國有人,憂天地崩墜,身亡所寄,廢寢食者。又有憂彼之所憂者,因往曉之,曰:“天,積氣耳,亡處亡氣。若屈伸呼吸,終日在天中行止,奈何憂崩墜乎?”其人曰:“天果積氣,日月星宿不當墜邪?”曉之者曰:“日月星宿,亦積氣中之有光耀者,只使墜,亦不能有所中傷。”其人曰:“奈地壞何?”曉者曰:“地積塊耳,充塞四虛,亡處亡塊。若躇步跐蹈,終日在地上行止,奈何憂其壞?”其人舍然大喜,曉之者亦舍然大喜。長廬子聞而笑曰:“虹蜺也,云霧也,風雨也,四時也,此積氣之成乎天者也。山岳也,河海也;金石也,火木也,此積形之成乎地者也。知積氣也,知積塊也,奚謂不壞?夫天地,空中之一細物,有中之最巨者。難終難窮,此固然矣;難測難識,此固然矣。憂其壞者,誠為大遠;言其不壞者,亦為未是。天地不得不壞,則會歸于壞。遇其壞時,奚為不憂哉?”子列子聞而笑曰:“言天地壞者亦謬,言天地不壞者亦謬。壞與不壞,吾所不能知也。雖然,彼一也,此一也。故生不知死,死不知生;來不知去,去不知來。壞與不壞,吾何容心哉?” 』列子天瑞
杞憂(きゆう):
無用の心配をすること。取り越し苦労。杞=現在の江南省にあった小国の名。
『周(しゅう)の時代,杞の国に,天が落ち地が崩れて身の置き場がなくなるのではないかと心配し,夜も寝られず,食事もろくに食べられない者がいた』列子
牛耳を執る(ぎゅうじをとる):
団体や党派などの中心人物となって,思うままに支配することのたとえ。
『春秋戦国時代に諸侯が集まって同盟を結ぶ儀式を行う際,中心的人物の盟主がいけにえとした牛の耳を裂き,皆が順番にその血をすすり合って結束を誓い合ったという故事による。「牛耳る」ということばも,ここから出た』春秋左氏伝
疑心暗鬼を生ず(ぎしんあんきをしょうず):
心に疑いがあると,何でもないことまで恐ろしく思えたり,疑わしく思えたりすること。疑いの心があると,暗闇の中にいるはずもない鬼の姿が見えたりするという意から。出典列子
(3語とも新明解故事ことわざ辞典)
牛耳と疑心暗鬼は実感として理解できたが,杞憂は釈然としないので話の続きを調べてみた。出典は列子天瑞である。
天地の崩落を心配した人とある物知りの人の会話である。
『「天は気(空気や水蒸気)がずっと積み上がったもので,気が無い処は無い(充満している)から落ちることはない。」
「じゃあなぜ,太陽や月や星は落ちてこないんだい?」
「太陽や月や星は気が光っているだけだから,もし落ちてきても怪我することはない。」
「じゃあ,なぜ地は崩れないんだい?」
「地は土くれがずっと詰まっていて,隅々まで土くれの無い処が無いから,崩れる心配はない。」
それを聞いて心配性の人は大笑いし,物知りの人も大笑いした。』
「限りなく充満している」ことは心配性の人にとっては十分安心できることだったらしい。
列子はさらに続ける。
『天地が壊れるという者も壊れないという者も誤っている。
私には壊れるか壊れないかはわからない。
けれども,どちらにも理はある。
生きているうちは死ねことを知らないし,死んでしまえば生きているものを知らない。
未来は過去を知らないし,過去は未来を知らない。
だから,壊れるとか壊れないとかまじめに考えることはできない。』
列子は,知ること,考えることの限界を言っている。
また,時間的な制約の中で結論を得ることの難しさを指摘している。
現代では大気圏の大きさも,地球の大きさもすでにわかっている。
そして,地球規模の崩壊は現実のものになり,杞憂は杞憂でなくなっている。
さて,冒頭の文にもどろう。
国民の代表である国会が公務員の人事を掌握することについて,官僚の抵抗が大きい。
公務員は労働三権(団結権,団体交渉権,争議権)が制限されていることを理由に挙げている。
渡りなれた官僚らしい,理路整然とした法に基づく問題提起である。
しかし,そもそも倒産の心配のない人間に労働三権が要るのか?という問題意識はないらしい。
内閣府の資料(2008年1月28日)によれば,
国家公務員の人数は33万人,人件費は5.4兆円だそうである。
郵政民営化等によって人員はピーク時の38%に減少したが,費用は53%である。
安月給で頑張っている人が減ったのだ。
依然として,人間は国の隅々まで詰まっているようであるが,そのうち公僕はどれほどいるのだろうか。
人事の手始めは個人の目標設定と達成度による考課から始めてもらいたい。
そして,その達成率を国民に示してもらいたい。
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『杞國有人,憂天地崩墜,身亡所寄,廢寢食者。又有憂彼之所憂者,因往曉之,曰:“天,積氣耳,亡處亡氣。若屈伸呼吸,終日在天中行止,奈何憂崩墜乎?”其人曰:“天果積氣,日月星宿不當墜邪?”曉之者曰:“日月星宿,亦積氣中之有光耀者,只使墜,亦不能有所中傷。”其人曰:“奈地壞何?”曉者曰:“地積塊耳,充塞四虛,亡處亡塊。若躇步跐蹈,終日在地上行止,奈何憂其壞?”其人舍然大喜,曉之者亦舍然大喜。長廬子聞而笑曰:“虹蜺也,云霧也,風雨也,四時也,此積氣之成乎天者也。山岳也,河海也;金石也,火木也,此積形之成乎地者也。知積氣也,知積塊也,奚謂不壞?夫天地,空中之一細物,有中之最巨者。難終難窮,此固然矣;難測難識,此固然矣。憂其壞者,誠為大遠;言其不壞者,亦為未是。天地不得不壞,則會歸于壞。遇其壞時,奚為不憂哉?”子列子聞而笑曰:“言天地壞者亦謬,言天地不壞者亦謬。壞與不壞,吾所不能知也。雖然,彼一也,此一也。故生不知死,死不知生;來不知去,去不知來。壞與不壞,吾何容心哉?” 』列子天瑞